国内企業初!重水の濃縮リサイクル体制構築 ~重水とは?から優しく解説~  

国内企業初!重水の濃縮リサイクル体制構築
~重水とは?から優しく解説~
 

大陽日酸は国内初の取り組みとなる使用済の重水を再濃縮して再利用するリサイクルシステムを構築しました。この開発によって、国内使用量の大半を占める輸入重水に加えて、国内で再濃縮した重水を活用できるようになります。今回は開発に携わった深冷分離開発部SI開発課課長の五十嵐健大さん(以下、五十嵐)と、つくば化学合成開発部合成開発課の土橋祐太さん(以下、土橋)に開発の背景や苦労した点、そして今後の展望について聞きました。

                
                               五十嵐さん㊧と土橋さん

利用用途は幅広く。タンパク質の分析にも活用
Q:開発の背景の前に、そもそも重水とはなんですか?
五十嵐:簡単に表現すると、水分子(H2O)を構成する水素原子(H)が、重い水素(重水素)に置き換わったものです。重水素は通常の水素の2倍の質量を持った放射線を出さない安定同位体です。自然界に存在しており、測定対象や場所・緯度等により多少変動はありますがその存在割合は約0.015%と非常に希少な物質です。一般的に試薬として販売されている『重水』は重水素濃度が95%以上のものがほとんどですが、これは多量のエネルギーを使ってわずかな重水素を濃縮して製造されています。そのため普通の水よりはるかに高値で取引されています。
 
Q:重水の利用用途にはどのようなことがありますか?
土橋:あまり馴染みが無いかもしれませんが、重水炉と呼ばれるタイプの原子炉で冷却水として利用されています。また、研究用途としてNMR分析用溶媒や、タンパク質・DNAの構成の分析を行うためのアミノ酸等をはじめ、工業的にも最近では半導体材料としてなど様々な領域に使用されるようになってきました。当社においては、重水を原料として製造する「重水素化アンモニア」の他、多種多様な重水素標識化合物を製造・販売しており、これら化合物の原料として重水を使用しています。
 
開発のきっかけは輸入に頼る供給環境への不安
Q:ここから本題に入りますが、どうして使用済の重水を再濃縮してリサイクルしようと考えたのでしょうか?
五十嵐:使用済の重水を再濃縮する着想は以前からありました。ただ、近年は国際環境と地政学的な状況に加えて、各国の需給状況や製造国の輸出政策の影響から、重水の安定的な確保に不安が出てきました。重水は国内需要に対して全量を輸入で賄っているため、将来的に安定調達が難しくなる可能性が考えられます。そこで、重水の安定確保に向けてこれまで廃棄していた使用済重水を資源としてリサイクルし、再利用できる技術の開発を開始しました。

Q:今回開発した重水の利用から再濃縮までのフローを教えて下さい
土橋:はじめに重水を原料として利用する重水素標識化合物の製造過程から説明します。重水素標識化合物を製造する際には、水素原子を重水素原子に置換する重水素化反応を行います。この反応は原料となる重水中の重水素濃度が高いほど反応の効率が向上するため、反応進行により重水の濃度が低下すると、新しい重水に交換する必要が生じます。従来、使用済の低濃度重水は、そのほとんどが廃棄されていました。
 
          
                              使用後の重水再利用までのフロー図

五十嵐:今回はその廃棄されていた使用済の重水を原料として、再濃縮し再利用します。はじめに、使用済重水の汚れなど不純物を取り除き精製し、一度品質検査を行います。検査後、自社開発の蒸留を用いた再濃縮装置に検査後の使用済み重水を投入し、濃縮を行います。この工程によって重水素濃度を99 atom%以上まで濃縮します。その後、濃度や汚れなどを分析・検査し、社内基準に合格すると再利用できるようになります。濃縮の一方で重水素濃度がさらに低下した水が同時に生じますが、これは廃水として処理されます。このサイクルの開発によって、重水素標識化合物向けの重水の一部が社内調達可能となるとともに、廃棄重水量は従来当社比で半減する見込みです。また、再濃縮した重水を使用後に、再度同じ工程で再濃縮することもできます。

                     
                                再濃縮機の前での打ち合わせ

エンジニアリングも自分たちの手で
Q:開発中に最も苦労した点はなんでしょうか?お二人からそれぞれお願いします
土橋:私は使用済重水を精製する工程を担当したのですが、いかに使用済の重水から不純物を取り除くかが課題でした。使用済の重水と一言で表現しても、用途によって、不純物の含有量、汚れの状態などはそれぞれ大きく異なります。ばらつきのある条件であっても、不純物・汚れを除去できる方法を標準化することに大変苦労しました。標準化はできましたが、さらに効率の良い方法を現在も研究中です。
五十嵐:私の方は大きく分けると①機器設計と②安定化の2点で苦労しました。機器設計に必要な検討を行う上で当社の持つ“空気分離”の知見は大変有効でしたが、重水に関しては未知の部分も多々ありました。都度、関連文献等を探りながら自分達でも実証を進め、最適な機器の設計を図りました。また、当社の装置としては特殊な構造だったことから、エンジニアリングも私たちの手で行いました。製作後も濃縮性能がなかなか設計通りに安定せず苦労しましたが、多くの方にアドバイスを頂き一つ一つ要因を潰して実際に安定化できた時はホッとしました。

Q:今後の展開についてどうお考えですか?
土橋:重水素標識化合物の需要は今後増えてくるのではないかと考えています。その需要をキャッチアップするためにも、より再濃縮技術の向上に精製の面から取り組んでいきたいと思います。
五十嵐:供給が輸入に頼っている現状の中で、重水の再濃縮に対してニーズや興味をもつ企業がどのくらいいるのかなどをしっかりとリサーチしながら、今後の事業展開を見据えていきたいと考えています。また、重水関連事業を当社における安定同位体ビジネスの酸素18に次ぐ柱の一つとして育てていきたいです。