Eita Katsurada 桂田 瑛太

海外営業部門

産業ガス事業本部 電子機材事業統括部 電子機材機器事業部 電子機材機器海外営業部 電子機材機器海外営業課
2008年入社/文学部 中国語中学文学科 卒

半導体ガス関連機器の営業を通じて
中国、台湾における大陽日酸の存在感を高める

My Work

中国、台湾へ半導体ガス関連機器を営業

IC(集積回路)、メモリ(半導体記憶装置)といった半導体や液晶、太陽電池、LEDなどの電子機材を製造するには、その材料としてさまざまな半導体材料ガスを使用します。また、窒素や酸素、水素、アルゴン、ヘリウムなどのガスを超高純度に精製する装置や、半導体材料ガスのうち毒性のあるガスを無害化する装置も必要です。こういった半導体材料ガスや半導体ガス関連機器を中国、台湾、韓国、東南アジアへ販売しているのが、電子機材事業本部海外事業部です。この部署において、私は海外機器特販部 特販課に所属し、中国・台湾向けに精製装置や除外装置といった半導体ガス関連機器の営業を担当しています。
現地における営業活動は、基本的に当社現地法人と現地の販売店が行っており、私は、彼らと情報交換をしつつ技術サポートが必要なときや契約締結といった重要なタイミングで現地に赴くことになります。それ以外の時間を使って、納期の調整やプレゼン資料の作成、契約内容の精査など、出張に向けた準備を進めることになります。
中国、台湾では、米国や日本の機器メーカーと競うことになりますが、産業ガスと機器の両方に習熟している当社の強みを活かして存在感を増していきたいと考えています。

Chellenging

異国間におけるネットワーク構築の難しさ

半導体ガス関連機器は、数千万円~規模が大きくなると数億円という高額製品であるため、頻繁に需要が発生するものではありません。そのため、工場新設や生産ラインの増設、性能改善など、ニーズの早期キャッチアップが非常に重要になります。また、製品を納入した後のフォローに万全を期すことで、新たに装置が必要になったとき真っ先に声がかかるということも少なくありません。
とりわけ、市況の変化が激しいエレクトロニクス産業界においては、情報収集やフォローアップ体制の充実には、当社と現地法人・現地販売店、顧客間におけるネットワークの広がりと、その緊密さが重要になります。現地の情報収集を現地法人や販売店任せにするのではなく、顧客、その中でもキーマンとの間に直接パイプを構築すれば、一つの情報を複数ルートから取得・精査できます。
しかし、こういったネットワークは一朝一夕に構築できるものではなく、時間をかけて顧客との間に信頼関係を築き上げていかなければなりません。しかも、その相手が文化も慣習も異なる中国人や台湾人ですから、日本流のやり方をそのまま持ち込んでもうまくいきません。このあたりが頭を悩ますところです。それでも、大きな成果を得るためには必要なステップですから、苦労よりもやりがいの方をより感じています。

Message

小さな一歩を積み上げていくべき

大学時代に1年間上海に留学しており、日常会話には困らない程度の中国語はマスターしていました。しかし、実際にビジネスで求められる語学力のレベルの高さに愕然としました。文法のちょっとした間違いや表現の違いにより、交渉やプレゼンの場では、相手の受ける印象が大きく異なることも身にしみて感じました。そのたびに、同じ失敗を繰り返さないために、失敗の原因を見つめなおすことは、とても大切なことだと思っています。
これは語学に限ったことではなく、仕事全般で言えること。一つひとつは小さな前進かもしれませんが、5年、10年経つと大きな差となって現れてくるはずです。着実な一歩が重要なのだと思います。

My History

1984

滋賀県で生まれる。山、川、琵琶湖に囲まれた田舎で育つ。高校時代は空手部に所属、インターハイ目指し日々練習に明け暮れる。

2004

文学部中国語中国文学科に進学。田舎から憧れの東京へ。ボーリング場でのバイトとサーフィンサークルであっという間の1年。

2005

大学2年には上海へ1年間語学留学。高度経済成長で日々進化する中国を体感、中国語を通じてさまざまな友人と出会う。海外と関わりのある仕事に就きたいと思ったのはこの頃から。

2005

中国留学から帰国後、今度は3カ月間、単身で渡米。が、就労ビザが取れず、アルバイトすらできない現実と直面し、金欠に泣く。

2008

卒業旅行でキューバへ。

2008

大陽日酸に入社。神奈川県川崎市の川崎ガスセンターに所属、半導体向けガスのシリンダー物流業務を担当。職場は工業地帯で、夜景が幻想的だった。

2009

神奈川県、厚木支店販売課に配属。販売店、大手ユーザーのお客様に産業ガスを販売。希望していた営業職だったが、利益を生み出す難しさに悪戦苦闘の日々が続いた。

2010

電子機材事業本部海外事業部に配属、中国、台湾を担当。大学時代以来の中国語ですっかり忘れていたが、上司にも支えられ、日々トレーニングを積むことで当時のレベルまで語学力を取り戻せた。いまでは月に1回のペースで中国、台湾に出張へ。海外での仕事は大変だが学ぶことが多くやりがいがある。

Episode

諦めないことの大切さ

以前所属していた部署で、国内営業を担当していたときのことです。あるお客様への対応の中で不備があり、お客様からの信頼を失ってしまったことがありました。一度失った信頼をなかなか取り戻すことができなかったのですが、このままではいけないと定期的に通い、いろいろな提案書類をその方の机に置き続けました。結局、異動するまでまともに話してもらうことができなかったのですが、後日、後任者から「新規案件の受注が決まったよ」と。詳しく聞いてみると、私が机に置いていた提案書を見て、当社への発注を決めてくれたようなのです。この話を聞いたとき、諦めることなく通い続けたことを、お客様が認めて下さったのだと思い、胸が熱くなりました。