Yu Miyaoku 宮奥 勇宇

国内営業部門

オンサイト・プラント事業本部 営業総括部 プラント営業部 プラント営業課
2008年入社/経済学部 総合経済学科 卒

海外市場を舞台に大陽日酸の強みを模索。
それを武器に材料ガスをアジア市場に販売する

My Work

日本全国の顧客に空気分離装置を営業

当社は、鉄鋼や自動車、化学、エレクトロニクス、食品、医療など、多様なお客様に産業ガスを提供しています。その方法は、タンクローリーやボンベを使って必要なガスを必要な量だけ適宜お届けするスタイルもあれば、お客様の工場敷地内にガス生産プラントを設置するなど、多量のガスを安定的に供給できるようにお手伝いするスタイルもあります。プラント営業部が担当しているのは後者であり、深冷分離技術によって空気を酸素、窒素、アルゴンに分離する『空気分離装置』というガス生産プラントを、顧客ニーズに沿ってカスタマイズしながら提供しています。
この "顧客ニーズに沿ってカスタマイズする"技術力が当社の強みです。ここでいう技術力には、装置を設計、製作する技術部門の力と顧客ニーズを的確に吸い上げ、技術部門へ伝達する営業の力という両輪が必要であり、両者が機能的に融合することで初めて、お客様が求める装置の提供が実現できると思っています。その点、ここ京浜事業所には、プラントの営業部隊と『プラント・エンジニアリングセンター』――設計から製作、調達、メンテナンスなど技術部隊――が一つの所に集まっていて、各部署間で密な連携をとりやすく、顧客の要望に対応できる体制が整っています。
私は、この強みを最大限活かしながら、主に日本国内の鉄鋼やパルプ、繊維メーカーなど幅広い業種のお客様を日々訪問。ニーズの吸い上げから装置の提案、見積書の作成、価格交渉、受注まで行っています。

Chellenging

営業と技術のベクトルを一つに

お客様の要望には、ガスの品質や空気分離装置の生産能力、価格などさまざまあり、応えるためには営業と技術部門の協働が欠かせません。しかし、技術部門には技術的立場からの主張があり、営業が求めることのすべてに応じてくれるわけではありません。また、お客様の要望も実現可能なものだけとは限らないのが現実です。
その間に立ち、両者の橋渡し役を担う営業は、両者が納得できる着地点を模索し、営業と技術のベクトルを一つにまとめあげていかなければなりません。そのためなら、製作部門だろうが設計部門であろうが、何度でも現場へ足を運びます。時に素っ気無く追い返されることもあります。それでも、メールや電話では伝わらない熱意や思いまでを伝えることで、相手の心を動かし、一丸になれるよう努力を惜しむつもりはありません。そして、営業と技術が同じ目的を共有し協働した結果、お客様の満足した顔を引き出せたとき、仕事に対して大きなやりがいを感じます。
最後に、私は工学部卒の理系出身ですが、営業を担当しています。とりわけプラント営業では、技術に対する深い洞察力や知識は不可欠です。事実、営業現場ではお客様のご担当には理系出身の方が多く、専門用語が飛び交います。上司にも理系出身の人間はいますし、理系出身者が活躍できる場面は多数あります。理系の方でも、私のように営業の現場に出てみたいと思う方は、ぜひ大陽日酸にご応募ください。

Message

世界という視点を共有できる人と共に

当社は産業ガスメーカーとして、国内シェア1位というポジションにあります。しかし、これに満足してはいけないと思います。世界へ目を転じれば、当社より遙かに規模の大きい会社があり、そこに追いつき、追い越すために前進し続けることを目標としているからです。この思いを共有し、先輩方が築いてきた基盤の上に、今以上の大陽日酸を作り上げていこうという気概ある人たちと一緒に頑張っていきたいと思っています。

My History

1985

横浜で生まれるが、1歳未満のとき福岡へ。食欲旺盛で活発な"可愛い子"だったらしい、昔は……。

ケーキを前にご機嫌
2000

小学生から中学生の9年間、バスケットボールに打ち込む。朝早くから夜遅くまでバスケ漬けの日々を送った。あの頃は、無駄な脂肪もなく、筋肉質でスリムな身体をしていたと思い出すことも。

小学生時代、大会で優勝
中学時代の部活にて(前列左から2番目)
2003

高校は共学へ進んだにもかかわらず、運悪く男子クラスになってしまう。悲しい気持ちだったが、高校から始めた陸上は面白く、友人たちとの出会いもあり、とっておきの3年間になる。勉強は嫌いだったものの、先生に恵まれ化学の面白さに目覚めたのも、このときだった。

2004

大学に進学。授業にサークル、バイトにと忙しい毎日を送る。3年間続けた靴屋のバイトでは、社員も含めて1位の販売実績をあげ、人と接する楽しさを肌で感じた。

サークルの仲間と(前列右)
2006

将来について真剣に考え、先輩に体験談を聞いたり、合同セミナーに参加したりして、進むべき道を模索する。日本を支えるメーカーに就職したいと考えるようになった。

2008

大陽日酸に就職。オンサイト・プラント事業本部調達部に配属となる。また、フットサル部に入部し、昼休みには先輩たちと汗をかきながらボールを追う日々。フットサル部部長に任命されたのには、心底驚いた。

2011

現職に異動。九州や関西、関東県内に出張し、充実した日々をすごしている。一日も早く、頼れる人材になることを目指して奮闘中。

Episode

自らの実力不足を痛感した海外出張

入社3年目のときの話です。ある日、上司から『部長と一緒にアメリカへ出張に行ってきなさい』と言われました。元気がとりえだった私は、『ありがとうございます! 行ってきます』と即答したのですが……。自分なりに勉強はしていたものの、実は英会話には全く自信がなかったのです。
出張では、事前に一生懸命準備をし、当社概要のプレゼンテーションを行うなど、当時の私がもてるものすべてを出し切った自負はあります。しかし、同行した部長や先輩のスマートな仕事のやり方に感銘と衝撃を受け、何歩も先にいる"The Gas Professionals"を肌で感じることにもなりました。成長のチャンスを与えてくれたこと、目標となる先輩が身近にいる環境に感謝し、これからも精進していきます!