03

「酸素-18標識水」開発物語 Story of Water 18o.

「酸素―18標識水」で世界市場を押さえろ!
ガン検査に役立つ診断薬原料。

ガンの早期発見と治療方針の決定に大いに役立つPET検査。この検査が欧米を中心に広がり始めた90年代後半、いち早くのその社会的意義に気付き、検査に欠かせない酸素-18標識水の製造に日本で初めて取り組んだのが大陽日酸だった。しかし、酸素蒸留というかつてない技術を使った製造技術の確立と、実プラントの建設には、多くの課題が立ちふさがることになる。

Project member前田 彰彦

開発・エンジニアリング本部/つくば研究所 SI開発部長

1984年入社
工学部 合成化学科 卒

中学でバスケット部、高校でサッカー部に所属していたこともあり、両スポーツ観戦、特にアマチュアの大会を観るのが好き。自身はというと、35歳頃から健康のためにウォーキングを始め、万歩計をつけて毎日1万5000歩以上歩くように心掛けている。

Project member林田 茂

開発・エンジニアリング本部/つくば研究所/所長俯

1981年入社
理学研究科 物理学専攻 修了

入社2年目にプロジェクトの助っ人として3ヶ月間、開発と製造を手伝い、プロジェクトの大変さと面白さを体感した。それから16年を経て、プロジェクトを引っ張っていく立場になったが、違った意味で大変さと面白さを感じている。若い頃に感じたものは仕事そのものに対するものであったが、年を経てからは社会も含めて人とのつながりに対するものである。ストレスが溜まると、山へ行ってリフレッシュしている。

Interviewer下平 晴記

開発・エンジニアリング本部/つくば研究所 SI開発部

2004年入社
工芸科学研究科 高分子学専攻 修了

就職氷河期真っ直中に就職活動を行い、化学メーカーを中心に10社ほどを受けた。大陽日酸は、業績が安定していて離職率が低いなど、いい評判を耳にして入社を決意。現在、2歳になる子供がおり、休日は、子供と遊ぶことがほとんど。

ガンの位置や大きさを診断できるPET検査。
この検査に欠かせない酸素-18標識水を開発せよ。

これまでに、高効率の新しいエネルギーとして水素の利用を目指した国家プロジェクトが、数々の貴重な成果を残している。まず、FCVの燃料となる水素の製造から輸送・貯蔵および利用に至る範囲を対象に調査・研究を行う国家プロジェクトの『WE-NET計画』が、1993年度に立ち上がった。その成果を踏まえ、2002年にFCVの実用化を引き寄せることを目的とした『JHFC(水素・燃料電池実証プロジェクト)』がスタートした。
大陽日酸は産業ガスメーカーのトップ企業として、これらの計画に参加し、重要な役割を担ってきた。

下平
「当社は、86年から酸素-18標識水の輸入販売を手掛けていました。そのため、98年頃のこの需要拡大を肌で実感し、酸素-18の自社開発に挑むことになったわけですね」
前田
「1986年に先端科学分野を対象とした新規事業として、様々な安定同位体を取り扱う『SIプロジェクト』を発足しました。酸素-18の輸入販売は、その事業の一つとしてスタートしたものです。しかし、90年代後半の需要拡大によって酸素-18の供給が追いつかなくなってきました。当時、酸素-18標識水を生産する企業は世界に2社、しかもベンチャー的な規模の会社しかなく、年間生産量は数10kg程でしかなかったからです。一方、日本でも、PET検査の保険診療化を目指す動きが活発化していました。これらを総合的に判断した結果、将来必要となる酸素-18標識水の量は、世界全体で年間500kg規模になるだろういうマーケティング結果を得たのです。これは大きなビジネスチャンスになるし、何よりもガンの早期発見や治療方針を決定するための精密な診断薬原料という社会的意義も高い。空気を酸素、窒素、アルゴンに分離する深冷ガス分離技術を有する当社であれば、その応用によってなんとかなるのではないか、と事業化に向けて検討が開始されたのでした」
下平
「当社技術のベースとなっている東京工業大学浅野康一名誉教授の理論を活用すれば、深冷蒸留で効率的に酸素-18を分離できるというシミュレーション結果が出たわけですよね。ここから、研究開発が一気に加速していったわけですか?」
前田
「そう、といいたいところだが、そう簡単ではなかった。理論上は実現可能であっても、実際に装置を開発するには莫大な研究開発費用が必要になります。また、シミュレーション結果では、分離装置の全長は数百メートルにも及び、それら装置を納める蒸留塔の高さも数十メートルになるため本当にエンジニアリングできるのかという問題もありました。そのため、経営陣は『社会的意義や事業的意義は理解するが、開発リスクをどのように担保するのか』と投資の前に技術実証が必要との見解でした。この問題を解決したのが、科学技術振興機構による委託開発制度でした。申請に向けて科学技術振興機構へ何度も足を運び、ヒアリングを重ねました。こうして完成した開発計画及び事業計画が2001年度の委託開発事業に認定。9億5000万円の委託開発費を得ることが決まったおかげで、酸素-18標識水製造技術開発プロジェクトが本格始動し始めたのです。プロジェクトの検討を開始してから3年近くの時が流れていました」

長年築き上げた会社のインフラ技術を結集。
世界初の酸素蒸留による酸素-18製造に成功

酸素には、酸素-16、酸素-17、酸素-18の3種類の安定同位体がある。同位体とは、化学的には同じ性質を持つ元素で、質量が違うもののこと。原子を構成する原子核は陽子と中性子が集まってできており、同位体は、この中性子の数が異なる。酸素の場合、酸素-16は、中性子が8個、酸素-17は9個、そして酸素-18は10個。つまり、その違いは中性子の数1、2個というミクロの世界の話であるうえ、酸素中に酸素-18はわずか0.2%しか存在しない。酸素-18だけを分離・濃縮するには、空気を酸素、窒素、アルゴンに分離するよりもはるかに高度な分離・濃縮技術と、それを事業化するためのプラント製造・管理・運転技術が必要になる。

下平
「委託開発制度で掲げた開発期間は5年。この限られた時間内で成功させるために、どのような手を打っていったのでしょうか?」
前田
「まずは組織編成です。酸素蒸留による酸素-18同位体理論の実証及びプラントの設計にかかわる基本的なデータ取得までを開発部隊である『分離技術研究室』が担当、その設計データをもとに実プラントの設計・製作と最適な設置場所の選定を『オンサイト・プラント事業本部』が担い、プラント建設後の運転から商業運転を『千葉サンソセンター』が担当しました。この流れをサポートするプロジェクト推進、最終製品化設備の計画推進、販売までの企画管理、品質保証を『SIプロジェクト部』、『SI合成研究室』、『分析技術センター』が分担し、すべての部署が密接な連携を保ちながらプロジェクトを推進していくことになります。
 事業部間の連携を図れたとともに、プラントを実際に運営する千葉サンソセンターから「社会的に意義深いプロジェクトだ。全面的に協力する」という力強い言葉をいただけたことが、事業化への大きな一歩を踏み出す原動力となりました」
下平
「当社が築き上げてきたインフラを結集して取り組んだわけですね。ところで、酸素-18を分離・濃縮するには、まず酸素ガスの中から酸素-18原子を1個含む分子を分けるわけですよね」
林田
「そう。酸素同位体の分子の組み合わせには、16と16、16と17、16と18、17と17、17と18、18と18があります。このうち、蒸留によって、16と18、18と18の2種類の分子をその他から分離します。しかし、酸素-18は0.2%しか含まれていないため、分離した分子のほとんどは16と18の組み合わせになる。そこで、同位体スクランブラーという装置を使い、一度分子をバラバラにして組み替えるのです。そうすることによって、18-18の分子の比率を上げ、さらに蒸留で16-16の分子を分離することで純度を高めていきます。この工程を何度も何度も繰り返すことで、高純度の酸素-18を製造するわけです。この蒸留による酸素-18の分離・濃縮技術は世界初の試みでしたが、2002年には実験設備段階で、設計に必要なデータが得られ、酸素-18を分離できる見通しがつきました」

空気分離プラント

酸素-18製造専用プラント

開発期間の2年短縮という難題に直面するも、
関係者全員の総力で見事乗り切る

プロジェクトチームが、実験機による酸素-18分離を確認した2002年頃、市場の状況に変化が現れる。欧米での保険医療がさらに拡大するにともない、酸素-18標識水製造の先行数社が製造規模の拡大計画を発表した。そのため、当初の予定通り2006年に販売開始したのでは、先行数社に市場を抑えられてしまう可能性があり、一刻も速い市場参入を迫られる事態になったのだった。

下平
「SIプロジェクト部からの要請で、プラント立ち上げを2年間前倒しする必要に迫られることになったわけですね」
林田
「幸い実験機では、想定通りの分離性能が示されたので、商業プラントの設計は順調に進みました。しかし、70メートルにも及ぶ非常に背の高いプラントとなるため、数10本ある蒸留塔の1本1本を分割し、溶接しなければならないうえ、蒸留塔が少しでも曲がった形で接続されると、想定した性能が出ない恐れもありました。究極の接続精度が求められるという、製作側にとって困難な課題が残されました。しかも、酸素-18を純度97%以上にまで分離・濃縮するには、つまり、蒸留を開始してから最初の酸素-18が1滴出てくるまでには最短でも6カ月という時間が必要で、04年の市場参入から逆算すると、途中で失敗する余裕はないことが分かったのです」
前田
「なお既存商品との差別化を図り、世界での販売を成功させるため、同位体純度及び化学純度とも世界最高品質目指しました。また、酸素-18は医薬品ではないのですが、医薬品と同レベルの品質保証体制を構築することを目標としました。具体的には、医薬品製造管理規範(GMP)に則る社内体制、各種製造工程の標準化書類(SOP)、各工程の妥当性証明(バリテーション)、不具合がどこで起こったかを追跡できるトレーサビリティなど、です。医薬品についてはまったくの素人集団だった私たちは、医薬会社出身のコンサルタントの指導を受け各種制度の理解に努め、千葉サンソセンターにクリーンルームを備えた製品化センターを設置。分析技術センターは、酸素-18標識水を少量で厳密に分析する手法を短期間で確立すべく全力を尽くすことになりました。
いずれも一筋縄では解決できない課題ばかりでしたが、社内の専門家たちが総力を結集することにより、2004年から世界初の酸素蒸留による高品質の酸素-18標識水販売事業開始にこぎつけたのでした。事業開始後も、千葉サンソセンターが有する卓越したプラント運転管理技術を駆使し、安全かつ経済的な生産に取組んでいます。今考えても、関係者全員の情熱が、この奇跡ともいえる成功に導いたのだと思えてなりません。現在、当社が製造する酸素-18標識水は年間100kgにのぼり、日米欧のみならずアジアへも広く販売しています。そして、その高い品質は、世界の多くのユーザーから『放射性薬剤の生産効率が高く、高品質で信頼できる』という評価を受けています。数年前までは、酸素-18の世界で全くの無名だった当社が、高品質の酸素-18標識水製造会社として世界的にメジャーなポジションを占めるまでになったのです。そして、この成功は、近い将来、工業材料として新たな市場が期待されている酸素以外の同位体への応用にも発展する可能性を秘めています。無謀とも言われた高い壁を乗り越えたことで、その先に広がる大きなチャンスまでをもグッと引き寄せることができました。酸素-18標識水の製造販売事業は、このようなビジネスの醍醐味を関係者全員に与えてくれた一大プロジェクトでもあったのです」