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「MOCVD」開発物語 Story of Metal Organic Chemical Vapor Deposition.

20年の時を経て、今、時代の中心に躍り出る。
次世代エレクトロニクス産業の発展に不可欠なキー・アイテム

シリコンウェハー上に回路が形成される通常の半導体製品に比べて、化合物半導体は、元素の組み合わせや組成によって、その物性をコントロールできる。そればかりか、発光素子としてシリコンにはできない機能を有している上に、 高速のトランジスタが可能という特徴も備えている。この化合物半導体の製造に欠かせないのが、「MOCVD」と呼ばれる装置である。「MOCVD」は取扱いの難しい材料ガスを使うこともあり、ガスをコントロールする技術に長けた大陽日酸は、化合物半導体の黎明期から、この装置の開発に携わってきた。

Project member松本 功

常務執行役員/グローバル・イノベーション本部/化合物事業部長

1979年入社
工学研究科 物理系専攻 修了/工学博士

まとまった休みが取れると、学生時代の研究室仲間と山スキーを楽しむ。ベーステントを張って、そこからスキー板を担いで山を登り、滑って降りてくるというハードなスポーツだが、困難を乗り越える爽快感は研究に通じると言う。

Interviewer井口 瑛一

グローバル・イノベーション本部/化合物事業部/技術部 技術課

2011年入社
環境機能工学専攻 修了

大学までサッカーを続けてきた。最近まで、神奈川県の社会人リーグに所属し、異業種との交流を楽しんでいた。現在は台湾に長期出張することが多く。休日のスポーツはランニング程度で、食べ歩きが楽しみ。

化合物半導体の進化に不可欠な
「MOCVD」装置の開発でグローバル市場を牽引

「MOCVD」(有機金属化学気相成長法)装置とは、シリコンやサファイヤなどのウェハー上で、原料となる有機金属を含んだ材料とキャリアガスを高温で分解・化学反応させて、薄膜をエピタキシャル成長させる装置。安定した膜制御が可能であり、極薄膜の成長や装置の大型化が可能であることから、半導体レーザーやLEDといった化合物半導体の製造に広く用いられている。

井口
先般の日本人研究者たちのノーベル賞受賞で注目された青色LEDをはじめとする化合物半導体ですが、それを進化させる鍵となる「MOCVD」装置の開発と製造を、当社はどのような経緯でスタートしたのですか。
松本
80年代初頭、産業ガスのトップメーカーとして真空・高圧・低温・ガスコントロールの4つの基幹技術を持っていた大陽日酸は、それを活かした半導体分野における新規事業の検討に着手しました。その過程で、化合物半導体の薄膜結晶成長研究の第一人者であり、以前から私たちと技術的な交流が深かった名古屋工業大学の梅野先生から、「MOCVD」装置に挑戦してみないかと声をかけていただいたのが、今日に至る発端です。
井口
近年、窒化ガリウムが材料として使用されるようになり、化合物半導体の性能やアプリケーションが一気に広がりましたが、それ以前から「MOCVD」装置の開発で貢献してきたのですね。
松本
はい、材料となる高純度ガスや、その供給設備ならびに除害装置の開発も進めました。「MOCVD」装置自体も改良発展を行っています。例えば従来の「MOCVD」装置は縦型でした。でも、それでは一度に2インチサイズのウェハー1枚しか生産できません。縦型で大型化する選択肢もありましたが色々なことを考慮して、ガスを横向きに吹き出すタイプを開発することで、一度に複数の基板でエピタキシャル成長させることを実現しました。
井口
その後、順調に「MOCVD」装置のメーカーとして今日まで歩んできたのですか。
松本
いえ、さまざまな紆余曲折がありました。90年代後半には化合物半導体の市場が急拡大し、それに合わせて「MOCVD」装置の受注も増大。大陽日酸としても生産体制の強化が求められました。しかし、2000年代に入ると一転して化合物半導体メーカーのコスト削減方針に伴って、製造装置全体で価格削減要求が高まってきました。そこに当社は1度に何十枚も製造できる「MOCVD」装置の開発や、ウェハーのインチサイズアップ対応で乗り切ってきたのです。現在、こうした実績が高く評価され、大陽日酸はグローバルでこの分野の技術リーダーと目されています。しかし、技術的に成熟した汎用装置の販売に満足していては、欧米のコンペティターとの価格競争に陥いるだけです。そこで大陽日酸は新しい窒化ガリウム系の半導体にフォーカスし、新たなアプリケーションに対応する「MOCVD」装置の開発と、一層の高性能化に挑戦し続けています。

発光デバイス、電力用トランジスタ…
あらゆる用途に対応した「MOCVD」装置を追求

従来の化合物半導体では難しかった、青色発光LEDや高効率のトランジスタ利用など、窒化ガリウム系の半導体は、幅広い有用な用途が期待される。大陽日酸は、多様な用途にそれぞれ最適化した「MOCVD」装置を開発し、化合物半導体シーンをリードしている。

井口
CDやDVDなどに利用する半導体レーザーやLED照明など、化合物半導体はさまざまな用途に用いられてきましたが、窒化ガリウム系半導体の出現で、アプリケーションはさらに広がっています。
松本
ノーベル賞でも話題となった窒化ガリウムを原料とする青色LEDの実現は、光の三原色が揃ったことから、LED照明に大きな可能性を開きました。青色LEDに関しては既にコモディティ化が進んでいますから、今後は近紫外の発光デバイスが有望とされています。例えば、プラスチックの硬化材への活用、自動車の塗装工程への活用、新聞の輪転機のインクの乾燥用などの用途に期待されています。他にも緑や黄色の発光デバイスがまた新たなアプリケーションを呼び込むでしょう。
それら発光デバイスとしての活用に加え、窒化ガリウム系の半導体には、電力制御のトランジスタとしての利用も有望視されています。窒化ガリウムは高電圧をかけても壊れないことに加え、高速でスイッチすることも可能です。こうした特性から、高圧大電流をコントロールする電気自動車への利用や、太陽電池の直流の電流を交流に変換するコンバーター、エネルギー負荷が大きいことから問題視されるようになってきたサーバーなどへ活用するための技術開発が急がれているのです。
米国では、高効率により送電ロスを大幅に削減できることから、超高圧の直流送電用の変電設備への利用も検討されています。
井口
そうしたさまざまなアプリケーションの実現が進むマーケットに対して、大陽日酸は多様なアプローチをしていますね。
松本
大きく分けて、二つのアプローチを取っています。一つは、サファイヤやシリコンなどの基板上に窒化ガリウムの薄膜を成長させる、従来の「ヘテロエピタキシャル」の「MOCVD」装置を一層進化させることです。この異種基板の窒化ガリウム系半導体製造は、既存の技術の延長上にあり、一定水準までの化合物半導体を安価で量産することが可能です。発光デバイス系はサファイヤ基板、600Vなど高電圧の電流制御トランジスタにはシリコン基板を用いることになります。
もう一つは、技術的な難易度は高いのですが、窒化ガリウムの基板上に、同じ窒化ガリウムの薄膜を成長させる、「ホモエピタキシャル」を実現する「MOCVD」装置への挑戦です。ホモエピタキシャルによって製造された化合物半導体は窒化ガリウムの特性を最大限に活かすことができるようになり、電力用の高効率のトランジスタとして期待されています。
また、大陽日酸は窒化ガリウムのホモエピタキシャル成長を行う「MOCVD」装置をさらに進化させるとともに、東京農工大との共同研究を通してIP(知的財産)を蓄積し、窒化ガリウムの基板そのものを製造する装置の開発にも着手しています。

MOCVD装置

大口径化、高速エピタキシャル成長…
世界最先端の「MOCVD」装置開発が続けられている

まだまだ窒化ガリウム系の半導体製品は製造コストがかかり、販売価格が市場の期待レベルにまで到達していない。この課題をクリアするために、「MOCVD」装置の大型化や膜成長の高速化が期待されている。グローバルで技術的な先頭に立つのが大陽日酸だ。

井口
私は海外での技術サポート業務を通して、ユーザーである窒化ガリウム系を製造する半導体メーカーからさまざまな要望が寄せられていることを知りました。ヘテロエピタキシャル系では、製造コスト低減策の面で「MOCVD」装置側への期待は大きいですね。
松本
まず、半導体製品の製造コスト削減に直結する基板の大口径化が、これからも確実に進むでしょう。大陽日酸も8インチクラスのウェハー6枚を同時にエピタキシャル成長させられる「MOCVD」装置を実現させるなど、大口径化への対応は怠っていません。その上で、製造コストへの貢献という点で、ガスのハンドリング技術を活かした高速エピタキシャル成長の技術にも注力しています。他社の「MOCVD」装置は30~50キロパスカルといったかなりの低気圧下で、約1000度の高温の基板上でアンモニアガスとトリメチルガリウムを反応させてエピタキシャル成長を進めるのですが、大陽日酸は100キロパスカルという高気圧下でエピタキシャル成長が可能な「MOCVD」装置を実現しています。気圧が高い分だけ、より高純度の膜を成長できるメカニズムがあります。エピタキシャル成長はその分だけ早くなり、半導体デバイスを生産する能力が向上することになるのです。この大気圧エピタキシャル成長のノウハウは、原料ガスのコントロール技術やリアクター(反応炉)のデザインなどで、反応を最適制御する技術を持つ、大陽日酸の独壇場といえます。
井口
ホモエピタキシャルの「MOCVD」装置の開発も進んでいますね。
松本
今後の窒化ガリウム系半導体の新しいフロンティアとして、高圧大電流での用途に期待が高まっています。こちらでも大陽日酸は「MOCVD」装置の開発で技術的に大きなアドバンテージを有しています。高電圧を持たせる窒化ガリウムの薄膜を、高速かつ高純度でエピタキシャル成長させる方法の実現が待たれているのですが、大陽日酸では現在の標準の成長スピードが5ミクロン/hであるところを、20~30ミクロン/hを目指した製品開発を進めています。エピタキシャル成長を速くするということは、大量生産への貢献に加え、化合物半導体メーカーの開発スピードにも直結します。エピタキシャル成長の早さが、半導体の試作や開発テストを1日に何回できるかを決めることになるので、「MOCVD」装置の高速化は顧客ユーザーである半導体メーカーにとって、とても重要な要件となるのです。このエピタキシャル成長速度の高速化が、窒化ガリウム系半導体のR& Dの成否を決めるといっても過言ではありません。ですから、この分野で最先端に位置する大陽日酸の「MOCVD」装置は、国内外のメーカーから熱い視線を集めているのです。
ただし、技術先導型の開発だけで「MOCVD」装置の進化が行われる訳ではありません。井口さんのように、技術サポートとして顧客ユーザーと接し、窒化ガリウム系半導体の開発現場で得られる最新のニーズや、研究所では思いつかなかった問題の提議が、実際の開発を加速させるのです。研究所や大学などの学術機関での成果、そしてユーザーサイドで活躍するエンジニアのマーケティング的な技術情報が融合することで、次の世代へのブレークスルーを一気に引き寄せられると考えています。

化合物半導体デバイス(GaN青色LED)の例

青色発光ダイオードのエピウェハ