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「Hydro Shuttle」開発物語 Story of Hydro Shuttle.

燃料電池自動車普及の鍵となる、
移動式水素ステーションの開発に挑む。

2014年12月、トヨタ自動車が世界初となる量産型のFCV(燃料電池車)である「MIRAI」を発売した。2015年1月14日時点で同社の目標を大きく上回る受注台数約1,500台を記録しており、市場の期待は非常に高い。水素と酸素の反応による電気エネルギーでモーターを回すFCVは、走行中に地球温暖化の原因となるCO2を排出せず、石油や天然ガスといった有限の資源に依存しないことから、次世代に不可欠なクルマとして期待されているのだ。だが、FCVの燃料となる水素を供給するインフラ設備が十分に設置されない限り、FCVの普及は見込めない。産業ガスメーカーである大陽日酸は、強みとするガスコントロール技術をベースに、水素ステーションの開発に挑んできた。

Project member片岡 稔治

開発・エンジニアリング本部/プロジェクト推進統括部

1991年入社
工学部 化学工学 卒

趣味は旅行と音楽鑑賞。まとまった休日が確保できると、国内外に足を運ぶ。これまでプライベートで35カ国を訪問し、2014年も高校時代の友人と北欧のフィンランドに渡航した。好きな歌手は槇原 敬之。

Interviewer高橋 優介

開発・エンジニアリング本部/プロジェクト推進統括部/水素ステーションプロジェクト

2011年入社
都市環境科学研究科 分子応用化学専攻 修了

入社後、最初は窒素・酸素・アルゴンの供給(CE・ローリなど)に関する技術的対応を担う、供給技術部に所属。2013年に現在の部署に異動した。休日は1歳になる息子と公園で遊ぶことで、リフレッシュしている。

培ってきた「ガスをコントロールする技術」が評価され、
FCV普及に向けた国家プロジェクトに参加

これまでに、高効率の新しいエネルギーとして水素の利用を目指した国家プロジェクトが、数々の貴重な成果を残している。まず、FCVの燃料となる水素の製造から輸送・貯蔵および利用に至る範囲を対象に調査・研究を行う国家プロジェクトの『WE-NET計画』が、1993年度に立ち上がった。その成果を踏まえ、2002年にFCVの実用化を引き寄せることを目的とした『JHFC(水素・燃料電池実証プロジェクト)』がスタートした。
大陽日酸は産業ガスメーカーのトップ企業として、これらの計画に参加し、重要な役割を担ってきた。

片岡
大陽日酸はWE-NET計画の第1期で、机上の理論研究と、その実証試験・検証に深く関与し、第2期でFCV用の水素供給ステーションの開発を担当しました。水素の取り扱いに不可欠な高圧ガスコントロール技術や、自動車用の圧縮天然ガス(CNG)ステーションを手がけている実績が評価され、FCV普及に向けた重要課題を任されたのです。そうした経緯があって、2002年2月に日本で最初の水電解型水素製造装置の水素ステーションを高松に建設することもできました。
さらに、続くJHFCにおいては、今日に至るまでFCVの普及に向けてさらなる水素燃料供給技術の確立を目指しています。
高橋
私が入社するかなり前から、水素ステーションに取り組んでいたのですね。
片岡
そうです。私の先輩たちが基礎技術の研究からその応用開発へと、一歩一歩駒を進めてきたのです。私自身も、水素ステーションのプロジェクトに加わることになったのは、約10年前のことです。FCVに水素ガスを充填するために、水素を圧縮機で昇圧させ蓄圧する技術など、この間に水素を扱う技術は飛躍的に向上しました。水素ステーションの実用化に向けて大きな壁となっていた課題の一つ一つを克服してきたのです。
高橋
そうした燃料供給インフラの技術の進化があってこそ、「MIRAI」の発売が可能になったのですね。
片岡
水素ステーションの設置数は十分なものではありません。2011年に、大陽日酸を含む自動車、石油、都市ガス、産業ガスの関連企業13社が、FCV国内市場導入と水素インフラ整備に関する共同声明を発表しました。自動車メーカーは、FCV量産車の販売を2015年までに一般ユーザーに向けて開始することを目標に掲げ、大陽日酸などの水素供給事業者は、同じく2015年までに100ヵ所程度の水素供給インフラの先行整備を目指したのです。
そうした取り組みにおいて、水素供給事業者側の最大の障壁となっていたのは、コストでした。従来のガソリンスタンドと同様な水素ステーションを1ヶ所つくるのに、装置類や工事費だけで4~6億円もかかってしまうのです。ガソリンスタンドの建設費は1億円以下とされますから、できるだけそれに近づけることが、実際に水素ステーションを運営しようとしている事業者から要求されたのです。

水素ステーション設置の拡大に向けて
高圧水素ラインのパッケージ化に着手

FCV普及のカギとなる燃料供給インフラの実現に向け、大陽日酸の水素ステーション開発がいよいよスタートした。目指したのは、従来のガソリンスタンドと同様の便利さと設置コストを現状の法規下で可能な限り下げることだった。それを実現するコンセプトが、移動式のパッケージステーションである。

高橋
莫大なコストがかかってしまっては、設置される水素ステーションの拡大が進まないのも当然です。このままでは、せっかく自動車メーカーが優れたFCVを市販しても、誰も買おうとはしないのは明白です。
片岡
そこで大陽日酸が考えたのは、高圧水素ラインのパッケージ化です。高圧水素ラインとは、水素製造元が生産した水素ガスを昇圧する「圧縮機」、圧縮機によって昇圧された圧縮水素ガスを貯蔵する「蓄圧器」、車載高圧タンクに水素を充填する「高圧ディスペンサー」による、水素ステーションの基本構成要素です。これらの装置類は、これまで水素ステーション内に個別に設置されていました。そのため、基礎工事から設置工事、配管工事、電気工事がそれぞれ必要で、それが積もってコスト高の要因になっていたのです。
それならばと、我々はこの高圧水素ラインをまとめて工場で組んだものを、ステーション用地に設置すれば良いと考えました。大型トラックに搭載して運び、そのまま据え付けるだけで済めば、大幅なコストダウンになるのです。また、大型トラックに固定して運用すれば「移動式水素ステーションとなり、さまざまな設置規制をクリアできるというメリットもありました。
高橋
画期的なコンセプトだったのですね。でも、言うは易しで、それを実現するためには新たな技術の挑戦があったことでしょう。
片岡
まず取り組まなければならなかったのは、大型トラックで運べるよう、コンパクトにパッケージ化することです。新たに高圧水素ラインの各ユニットを物理的に小型化する必要が出てきました。
この中では特に、高圧ディスペンサーでFCVに高速充填する直前に、水素ガスを冷却する装置である「プレクーラー」の小型化が難航しました。そもそも、ガソリン車と同程度のスピードで高圧水素ガスを充填することはガスの温度が急速に上昇して危険であり、水素を扱う観点からは非常識とも言える要件でした。それを回避するためにガスをマイナス40℃まで冷却するプレクーラーは、高圧水素ラインで不可欠な装置なのです。我々は、このプレクーラーの小型化実現に向け、さまざまな熱交換器のシステムや形状を検討し、熱交換の効率を上げていく実験に着手しようとしました。流量からすれば、プラントレベルの熱交換器をトラックに載せられるほど小型化するのです。エンジニアリングとしては大きな挑戦でした。
ところが、高圧水素を扱う実験は許可などの制限があるだけでなく、保安面も十分考慮する必要があります。そのため、テスト条件を工夫し、実験で得られるはずの数値をあらかじめシミュレーションで推測しながら、限られたデータで高性能な熱交換器の設計を追求しました。

高圧水素ディスペンサー

20年以上にわたる研究開発が「ハイドロ シャトル」に結実
さらなる性能向上とコストダウンを目指す

大陽日酸の移動式水素ステーションは2013年にデモ機が完成し、翌年から続々とステーション運営企業への引き渡しが始まった。移動式に関しては、今のところ導入予定の大部分が大陽日酸のステーションだ。しかし、開発プロジェクトは解散した訳ではない。それどころか、FCVの普及に向けて果たすべき役割はますます大きくなっている。

高橋
プレクールの小型化以外にも、克服した技術課題がたくさんありそうですね。
片岡
もちろんです。例えば高圧水素ラインを構成する装置の中で、ディスペンサーとプレクールは自社開発しましたが、圧縮機と蓄圧器に関しては他メーカーの製品を使用することにしました。蓄圧器は米国メーカーの製品でした。しかし、輸入してすぐには使用できなかったのです。世界で最も厳しいとされる国内の高圧ガス保安法に合格させる必要がありました。そのため、メーカーとともに認可を取るために莫大なデータを収集、整理するとともに、当局で技術的な説明を幾度となく行っています。
また、ディスペンサーについても、FCVのタンクへ一定の昇圧率で水素ガスを供給しなければならないと国際基準が定められました。この「一定の昇圧率」を保つのは難しく、気温やFCVタンク側の残圧によって制御しなければなりません。
それなのに国際基準の詳細部分については作成している最中でした。そのため、詳細な一つ一つの基準が決定されるごとに、その基準で実験し、開発にフィードバックしていきました。
高橋
そうした技術課題の克服を経て、パッケージ化された水素ステーションのデモ機が完成した頃、私も水素ステーションの開発部門に、他部署から異動してきました。そこで感じたのは、今もまだ、水素ステーションはどんどん進化を続けていて、取り組む課題がたくさんあることです。現に、私は水素ステーションに関するさまざまな規制見直し状況や国際規格の情報を収集し、エンジニアリング部隊や電気設計の部隊とともに「ハイドロ シャトル」を最新型に改造・試運転を実施する役割を担っています。
片岡
デモ機の完成は2013年でしたね。ようやくそれまでの数々の研究開発の成果が形になり、コストも移動式では2億5千万円程度まで下げられました。そして大陽日酸が開発したパッケージ型水素ステーションは「ハイドロ シャトル」と名付けられ、納入が始まったのです。
「ハイドロ シャトル」はまだまだブラッシュアップしていきます。コストダウンできたと言っても、従来のガソリンスタンドの設置コストとはまだ開きがあります。性能面に関しても進化させる余地がたくさんあります。それでも、「ハイドロ シャトル」が水素ステーション運営企業に引き渡される時は、自分たちが新しいモビリティ社会をつくっているという実感・手応えがあります。だからこそ、目の前の技術課題を克服していくことで、より進んだ新しい低炭素社会を引き寄せられると考えています。

70MPa/35MPa移動式水素ステーション

移動式水素ステーションから水素ガスを充てん